今日の夕方、赤レンガでのGO!5!KAELANDに行っちゃいました。
中盤、かなり近くまで接近できちゃいました。

これは歌ってないんですけどね。
昨日、大学時代の友人が久しぶりに泊まりにきました。
学生の時は、週の半分ウチに泊まったりしてたこともあるので、何か懐かしい感じ。
この友人はIDYの施主でもあるのですが、1年半経って設計時の話を振り返ったりしてみました。
そこで興味深かったのが、「設計中は完全に理解しきれないんだよ」という話。
当然、施主は初めて建築に挑戦する訳ですから、完全にイメージしていくのは難しいことなのだと思います。
私たち設計者が努力しなければいけない部分でもあります。
更に友人が言ったのは、「人は雨がしのげて充分なサイズのハコがあれば快適に生活できんだね」という言葉。
この意見は、かなりの上級者な考えです。
設計途中では、当然お互いに意見をぶつけ合うのですが、お施主様はあれも必要かなとかこれも欲しいなと、想像が膨らむ訳です。当然、その要望・希望は全て言ってもらわないと設計はできない訳ですし、できる限りかなえてあげたいと思っています。
そこで僕は、その計画で一番コアになる解を見つけて、あとはできるだけ自由な空間を用意しようと心がけます。
後は施主自身で仕切っても良いし、本を置いたり、自作の家具を置いたりして、バージョンアップしていけるようにプログラムしていく。つまり作り込みすぎると、自分達ではどうにもできなくなると考えているからです。
当然、設計者はお施主様の将来的な事も考えながら設計していくのですが、その確度には限界があります。
例えば、子供の予定は1人といっていても、双子ができるかもしれないし、急に父親や母親と同居になる必要性がでてこないともいえない。
束縛しない空間で、状況の変化に自身で対応し、試行錯誤して楽しんでいく。
そうすれば人と建築は共に、心の通った良い朽ち方をしていけるのだと思います。
もっともっと情熱をもって、説明をしていかなければいけないんだなと考えさせられる関心な一言でした。

昨日・今日とKKCの現場でした。
図面に描かれた寸法を墨を使って現場に原寸で描く作業を「墨だし」と言います。
当然、紙に描いた図面と実物では微妙に誤差が出るものなので、この「墨」が全ての作業者の基準になる重要
なものなのです。
あらゆる部分に寸法やスケッチが描き出だされ各所に点在していますが、最終的には仕上げ材の中に埋もれ、
日の目を浴びることは無くなります。
ただし見えなくなるとはいえ、こういう一つ一つの積み上げが、建物には確実に刻まれているのです。
現場に描かれた墨は、何かかっこいい。


今日、松本の物件MYZの敷地測量に行ってきました。
周辺が農地だったりするので、境界杭が見つからなかったり、道路なのか水路なのか私有地なのか?
とにかくご家族や業者さん達と、めちゃくちゃ暑い中、土を掘り続けました。
休憩時にご家族が、波田町のしもっぱらスイカを出してくれました。
初めて食べるのですが、これがおいしい。
最後には、ビールも飲んじゃったりして、なにか夏っぽい気持ちの良い一日。
今回は施主が自ら敷地測量に加わり、汗を流した訳なんですが、こういう一つ一つの努力が、最終的には形になって現れるんだと思います。
努力や苦労や悩みというのは、きれいに仕上ると消えてしまうものではなく、ちゃんとそれらが、にじみ出てくるものだと思っています。
とりあえず一枚、「苦労」という一日を積み上げた訳ですね。
本日、KKCのスラブ配筋検査及びコンクリート打設がありました。
その現場に行く際に、公園を通って行くのですが、そこにたくさんのシロツメグサが。
よくある草種ですが、これだけ大量なのはなかなかないですね。
日本では、芝張りというと雑草を取り除き管理が大変なのですが、海外では雑草混じりが常識です。
その方が管理も楽で、ずっと付き合っていけるんですけどね。
